パラサイト・バイティング 食人草

2008年/米・独・豪
製作総指揮:ゲイリー・バーバー/ロジャー・バーンバウム/ベン・スティラー
音楽:グレーム・レヴェル
主演:ジョナサン・タッカー/ジェナ・マローン/ローラ・ラムジー 他


メキシコに観光に来た男女4人は、現地で出会った観光客に「マヤ文明の神殿」が近くにあると知らされた。
その観光客は、弟とその恋人がその神殿に行ったきり帰ってこない為、観光がてら連れ戻しに行くという。
神殿は、現代の地図には載っておらず、外界から閉ざされるようにひっそりと建っているらしい。
一緒に行かないかと誘われ、4人組は2つ返事で了承した。
4人と、弟探しの男とその友人‥‥計6人が出発することになったのである。

草木をかき分けると、そこにはピラミッドが建立されていた。
素晴らしい!と歓喜に震える6人だが、彼らの前に現地の住民が立ちはだかった。
弓矢と銃を持ち、今にも攻撃してきそうな勢いで怒号を浴びせる住民たち。
彼らの言葉が分からない6人は、必死に落ち着かせようとするものの‥‥仲間の1人が弓を放たれ殺されてしまい、慌てた5人はピラミッドに登り、逃げ出した。
現地の人間はピラミッドを囲むように陣取り、降りてくる瞬間を狙っているようだった。
頂上に着くと、彼らは野営キャンプを発見し、誰かがここに来た形跡を見つけた。
地上の人々が去るまで、ここで過ごそうと考えたが、テントの中に食料は無く、自分達も日帰り旅行の気分で訪れたため、食料を持ってきてはいなかった。
救助を呼ぼうにも携帯電話は圏外。途方に暮れた時、井戸の底から携帯電話の着信音が聞こえた。
殺された男の弟の持ち物かは分からないが、着信音が鳴る=電波が通じているということ。
マティアスはロープをつたい井戸の底へ降りて行くが、途中でロープが千切れてしまい、井戸の底に叩きつけられてしまう。
彼を救いに行ったステイシーは、途中で膝を斬ってしまい、傷ついた女性の力ではマティアスをロープに吊り下げることは不可能だった。
そこでマティアス用の簡易担架を作り、エイミーが担架と共に井戸へと降り、ステイシーと一緒にマティアスを乗せようとしたが‥‥抱え方が悪かった為、マティアスの腰は砕かれ、脊髄を損傷させてしまう。

翌朝、ステイシーは異様な違和感を覚えて飛び起きた。──足が動かない。
毛布をめくると‥‥‥‥膝の傷口の中に、植物の蔦が食い込むように入り込んでいた。

「助けて!脚の中に蔦が食い込んでいる!」

皮膚の中に根付くように入った蔦は、引っ張れば引っ張るほどえぐるように絡まろうとする。
ステイシーは激痛の中、半狂乱になりながらも脚から蔦を引き抜いた。
更に、身動きができないマティアスも脚の異常を訴えた。ステイシーと同じく、蔦が足の傷口からズルズルと食い込んでいたのである。
※書いているだけで、身体がウズウズしてくる。
早くこんな所を去ろうと、一同はどうにかしてピラミッドを脱出する手段を考えた時、またもや携帯の着信音が井戸の底から鳴り響いた。
こうなったら井戸から携帯を取ってくるしかないと、ステイシーとエイミーは井戸の底へ降り、耳を澄ませる。
その着信音は‥‥人間を餌とする花が、人間を呼び寄せるための“鳴き真似”だった。

血臭に引き寄せられ、植物の蔦は地を這い、人間にまとわりついてくる。
住民達は、この植物の事を知っていたのだろう。
自分達を地上へ降ろして、もし植物の種でも付着していたら──住民にとっては脅威となる。
『ここで植物の餌となって死んでくれ』と、言いたいのかもしれない。

この作品は、傷口から蔦が侵入しズルズルと皮膚の中に入っていったり、体内の蔦を摘出するため皮膚を切開したり、感染症を防ぐために、マティアスの両脚を石で切断し熱したフライパンで止血するなど‥‥かなりグロくて残酷な描写があります。
植物ホラーは、昔からおぞましい作品が多々あります。
動かず、言葉を発せず、表情もない“物言わぬ生命”という独特さは、ホラー映画には欠かせない存在なんだそうです。


挿入歌(紹介文については、歌が流れていた『場面』を指します)

Solto O Frango - Bonde do Role
https://www.youtube.com/watch?v=Kgb6FxuaPQA
夜のお祭り

Ponmelo
https://www.youtube.com/watch?v=IUCe-Ae84z8
ジェフが去ってからの曲

Mexico Mi Amor - David Gomez
https://www.youtube.com/watch?v=v7jxhi4bXGI
タクシー内のBGM

Phenomena - Yeah Yeah Yeahs
https://www.youtube.com/watch?v=euxEat5VhbM
ED


ミスト

2007年/米
監督:フランク・ダラボン
原作:スティーヴン・キング
主演:トーマス・ジェーン/マーシャ・ゲイ・ハーデン/ローリー・ホールデン 他


史上最悪のバッドエンド!
作品のテーマは『結果論』。
なにをすれば正解だったのかを、視聴者に問う作品となっている。

突如、街に激しい嵐が吹き荒れた。
翌朝、自宅の窓やボート小屋が破壊されているのを知ったデヴィットは、買い出しに行くために隣人のノートンと共に近くのスーパーへと向かった。
街は停電。スーパーは大忙し。
デヴィットが買い物をしていた所、街にサイレンが鳴り響き、老人が救いを求めてスーパーに駆け込んできた。
「霧の中には何かがいる。何かが彼を攫った」と叫び、スーパーの客を恐れさせた。そしてまもなく、街には深い霧が立ち込め‥‥一瞬のうちに覆われてしまう。
何が起きたのか分からず、この霧の正体は何なのかと探る住民たちの中、狂信的で変わり者と有名な女性カーモディは、「これはハルマゲドンの始まり」だと聖書を持ち出して、住民達に警鐘を鳴らし始めた。

事態が全く好転しないため、デヴィットは店長らと共に発電機を調べる為、倉庫へ──。
シャッターの外でざわめく音を聞いたデヴィットは、「何かがいる」と警告し、開けるべきでは無いと忠告するが、誰も彼の意見に耳を貸そうとしなかった。
「学歴が高いからといって意見するな」「あんたに何の権限がある」と罵り合い。やきもきした最年少のノームは、自らの手で何もいないことを証明してみせようとシャッター開けた。
「何もいないよ」と笑みを浮かべた彼の足首に、何かの触手がまとわりついた。
凄まじい力になす術なく、ノームは悲鳴と共に霧の中へと消えていってしまった‥‥。
やっぱり本当だったじゃないか!とデヴィットが叫ぶと、デヴィットに反発するマートンは、「“何か”の特徴を言わなかったデヴィットが悪い」と、デヴィットの言葉が足りなかったからこうなったと責めた。
ノームを死なせてしまった点については、「一番若いから彼が果敢に進むのは当然だった」と、ある意味彼の自業自得とも取れる非情な発言をしてデヴィットを怒らせた。

デヴィット達は店内に戻り、店外には何かが居るから帰宅は不可能だと告げるが、彼の意見を信じないノーマンら数人はバカげた話だと嘲笑った。
帰宅すると言い張り、他の数人を従えてスーパーを後にしようとするノーマンに、せめてデヴィットは、同行する老人の腰にロープを巻きつけ、深い霧の中で、どこまでの距離を進めているかを知ろうとした。
100mを過ぎた頃、ロープが引っ張られ‥‥手繰り寄せたロープの先には、上半身が何かに喰われた老人の死体が残されており、住民たちは戦慄に戦いた。

夕暮れになり、狂信者のカーモディは泣きながら「1人でも多くの命を助けさせてください」と必死に神に懇願し、自身の周りの住民達も、自分と同じように神の許しが訪れることを切々と願った。
そのまま、誰もがお互いを信頼しようとしないまま夜を迎え、奇怪な虫が店内に侵入して住人を襲い始め、数人の住人が殺されてしまう。
カーモディも虫に襲われそうになるものの、微動だにしなかった為に攻撃されることはなかった。
それを『神のご慈悲』として受け取ったカーモディは、「ほら見たことか」と住人達を責め、神の意志には逆らえないと高らかに吠えたのである。
偶然とはいえ、カーモディの“予言”が当たってしまったことによって、4人の信者が彼女に傾倒してゆく。
彼女の言葉こそが“神の御心”だとして、住民たちは彼女の前に跪いたのである。
カーモディは次に起こるであろう出来事を予言し、それを回避するには生贄が必要だと宣言する。

そして‥‥その生贄として相応しい者を名指ししたのである。

最悪な事態に陥っても、互いを信頼しようとせず罵り合う。
だからといって、真の悪者が存在しないのがこの作品の不気味なところ。
狂信者カーモディの行動は異常ではあるが、「1人でも多く助けさせて欲しい」と懇願した心は決して嘘ではなかった。
1人でも助けたい一心で、皆の目を覚ましてやろうと人々を扇動している。ただ、やり方が尋常ではない。しかしカーモディ本人は自分が最も正しいと思っているから性質が悪い。

スティーブン・キングの傑作『霧』を映画化した作品です。
原作と映画では少しずつ異なる点があり、ラストの“救われない結末”は原作にはない映画バージョンですが、スティブン・キングは絶賛しております。
ホラー映画は一部では、“救われない結末”であればこそ恐ろしいとされています。

本当に恐ろしいのは、『モンスター』でも『霧』でもなく‥‥“人間”だったという後味がとにかく悪い作品です。


1963年/米
監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:エヴァン・ハンター
主演:ロッド・テイラー/ジェシカ・タンディ/スザンヌ・プレシェット 他


娘の誕生日の為に“愛の鳥”のつがいを買いに来たミッチという男性。
しかし、あいにくその日は鳥が買えず、ミッチはメラニーという女性に、「小鳥屋なのに“愛の鳥”がいないのはおかしい」と詰め寄ったが、メラニーはミッチの態度に嫌悪感を抱いた。メラニーはただの客であり、店員でもないのに理不尽な小言を言われて怒ってしまったのである。
しかしその一件で、意外にもメラニーはミッチのことが気になってしまい(人間、どこに縁が転がってるか分からないものです)、メラニーは彼の為に自ら“愛の鳥”を自宅まで届けてあげようと、車のナンバープレートからミッチの住所を割り出し、車で何時間もかけて走らせ、ボートで湾を渡り、彼の自宅にそっと侵入し、“愛の鳥”をそっと置いていったのである。
目的を果たしたメラニーがボートに乗り込み帰ろうとすると、すれ違いにミッチが帰宅。
家に“愛の鳥”が置いてあった事に気づいたミッチは、家を飛び出して双眼鏡を手に辺りを見渡した。すると、ボートの上で、しゃがんでこちらを見つめているメラニーを見つけ、嬉しそうにミッチはボートの停泊所までメラニーを迎えに行ったのである。
※良い話っぽいが、勝手に住所を割り出されて、家の中に勝手に入れられて、そっと鳥置いてかれるって‥‥怖くないか?

ボートを降りようとしたメラニーの頭を、突然1羽のカモメが叩いた。ミッチはメラニーを介抱し、気持ちが落ち着くまで我が家においで、そして家で夕食を食べるよう勧め、メラニーは渋々同意する。。
カモメがなぜメラニーを襲ったのかは分からないが、その時2人は、ただの接触事故程度で運が悪かっただけと思っていた。

翌日。鳥に異変が起き始めた。明らかに悪意を持って鳥が人間を襲いはじめたのである。
キャシーの誕生パーティで、突然カモメが子供たちを襲撃したのである。
そして夜には、何百という雀がメラニーが世話になっているブレナー屋敷(ミッチ宅)の暖炉穴から侵入し、一家に襲いかかったのである。
嘴を立てて襲う雀は、まるで人間を殺そうとでもしているかのようだった。身体を突かれながらも、必死に眼を護るよう叫ぶミッチ。
ミッチの娘キャシーはすっかり鳥に怯えてしまい、メラニーが持ってきた“愛の鳥”にさえ恐怖を覚えてしまったのであった。

更に翌日。ついに恐ろしいことが起きた。
ミッチの母リディアは、明らかに鳥に襲われたであろう、全身を切り裂かれ、目玉を突かれ潰された無残な死体を目撃してしまう。泣きわめきながら屋敷へと逃げ込み、家に閉じこもった。
リディアはベッドに附し泣きながら、今、学校に行っているキャシーの身を案じていた。
メラニーは、キャシーがいる学校に行き、ベンチに座って授業が終わるのを待っていると‥‥‥‥カラスが1羽、ジャングルジムに止まった。
1羽、また1羽と増え、いつしか校舎の外の遊具には、何百というカラスの大群が黒い塊となり、子供たちが出てくるのを今か今かと待っているかのようだった。
子供たちが一斉に外に出ると、カラスは遊具から一様に飛び立つと子供たちを襲い始める。
耳を突かれ、腕を突かれ、目を突かれるも幸いメガネをかけていた為に危うく難を逃れた生徒。
メラニーがレストランに駆けこむと、住人は口々に「貴方がこの町に来てから鳥がざわつき始めた」とメラニーを罵った。
指をさして、お前は何者だと尋ねる者や、全ての元凶・悪魔だとして、皆がメラニーを恐れ、街から出ていくよう警告を発した。

鳥の襲撃はなおも止まず獰猛になるばかり。
ミッチは鳥がおとなしくなるまで、屋敷に立てこもることを決意する。
窓を閉め、板を打ち付けてガラスを割られないようにしたのだが、鳥は嘴で木を突き、穴をこじ開けてそこから無理やりにでも侵入しようともくろんでいる。自身の羽がもげるのもお構いなしである。

ブレナー屋敷の外では──まさに何千という鳥が家を取り囲み、家を揺すっていたのであった。

この映画が恐ろしいのは、結局、どうして鳥が人間を襲うのかが謎であることと、おそらく救われないであろう結末を迎えることにある。
鳥の攻撃の原因が分からない以上、どうすることもできないのである。
確かに、メラニーがつがいの鳥を持ち込んだのは事実だが、それが原因であるとは考えられない。

この映画では無数の鳥が出てきますが、流石に調教については限界がある為、実際に人間を突くシーンなどに出てくる鳥、ジャングルジムに佇むカラスの一部は剥製である。
しかし、飛んでいる2万羽を超える鳥については、本物であり調教された鳥であると語られています。
現代であれば、これらの鳥はCGで作れてしまえるのでしょうが‥‥。

更にこの映画の恐怖を際立たせているのは、一切BGMがないこと。
恐怖のシーンに恐怖っぽいBGM、安堵のシーンに柔らかなBGMを流すのではなく、全てを“鳥の羽音”で表しているのも特徴である。